永瀬清子の世界
岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しるべにしたり、人生を一緒に歩いてくれるようです。
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- Sep 28, 2026
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- Jul 6, 2026
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#132「短章『花と枝』」 (opens the original)
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永瀬清子は、道ばたに咲く草花を見つけると、植物図鑑で調べていたことを随筆などに書いています。見知らぬ花の名前を知ることから始まる、「ひろい世界の不思議を子供の心にともそう」、「云いがたい愛を名知らぬものに託そう」という思いには、未来へのまなざしが感じられます。今日の夕ぐれに「私」が採ったのは、「水竹葉(いぼくさ)の花」でした。水田の畦によく見られる草ですが、この日「私」は、初めてその美しさを発見し、名前とともにその花に強く惹きつけられています。草花にまつわる思い出は、父親のおみやげ、昔読んだグリム童話やペロー童話に結びつき、大人になったときに花開くようにその意味を知るのです。永瀬清子が「ふしぎな事に幼かった時に聴いたり読んだりしたものが、いまも心の隅に新しく生きているような気がする事が多いのです。」(「幼年はすぐそばに」『月刊こどもの季節』1979年7月)と書いているとおり、幼年期の体験がこの短章を書かせたのでしょう。<文・白根直子>
#131「土砂について」 (opens the original)
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自然の前では、「人々」がどれほど知恵を集めても、かなわないことがいくらでもあります。永瀬さんはこの詩で、「土砂」を擬人化して「人々」と比べながら、「土砂」になりきってその気持ちを伝えています。いつもは静かにそこにあり、当たり前の存在である「土砂」。しかし、ひとたび大雨となれば、どれほど力を尽くしても「人々」にできることには限りがあります。「土砂」の行き先は地形によって変わりながら進み、「自分で自分の道をつけた」とあるように、突き進んで止まりません。これは、世の中の動きや人とのかかわりなど、さまざまなことにも通じています。思いがけない時に思いがけないことが、あっという間に起きてしまう。どうにかできることもありますが、あれば、どうにもならないことも少なくありません。それでも、少しでも良い道を見つけたいと願うのです。自然は、私たちに多くのことを教えてくれます。<文・白根直子>
#130「不完全な曲」 (opens the original)
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友達が「私」にくれた琴は、昔弾いていた琴よりもずいぶん小さな琴です。「私」が、その琴を「飢えかわく人のように」弾く姿は、これまで心の中に溜まっていたものが堰を切って流れ出すかのようです。そして心はどこか遠くの世界へ向かって、はばたいていく力を得たかのようです。戦いの続く「修羅世界」に生きる「私」。琴を弾いている時だけは、戦いを忘れられるのでしょう。自分が弾くには小さすぎる琴で、いろいろな鳥の曲を時に間違いながら、琴柱(ことじ)を直しつつ「不完全な曲を窮屈にひく」ことは、不完全なままで生きる「私」の姿そのものです。完全な曲を弾きたいと願う心と、「現実世界」で戦う「修羅世界」。「不完全な曲」は、生きることそのものを象徴しているように思えます。<文・白根直子>
#129「短章『幼かりし日 e 瓦斯燈』」 (opens the original)
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永瀬清子さんは、2歳から16歳の間金沢で暮らしました。明治の終わりから大正時代にかけてのことです。金沢では、この世の神秘や不思議を感じさせる出来事に触れることがあり、それを一種の皮膚感覚として受け取っていたようです。昔話、グリム童話、ペロー童話、神話などを読み、古くから伝わる子守唄やわらべ唄を聞いていたこの頃の永瀬さん。「自分たちもそんな話をひとりでに空想し云いつたえた」ほど、そこに暮らす人々にとっては、現実の世界と神秘的な世界が自然に重なり合っていたのでしょう。これらは、「戦慄すべきことが多く」とあることからもわかるように、めでたしめでたしで終わるような話ではなく、現実の悲しみや厳しさを伝えていたことがうかがえます。今なお「とても説明はできない」と書かずにいられない金沢の街の神秘。この目に見えないものが、金沢の街や文化を育み、永瀬清子さんの感性をも育んだのでしょう。<文・白根直子>
#128「出ていった三章 a 出ていった」 (opens the original)
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道ばたからふと見えた「門から座敷まですっかり見えている」家の中。家から出ていったのは、そこに暮らしていた誰かで、この世を去ってしまい帰ってくることはありません。空っぽになった家は、これから誰が住むのかもわかりません。門のそばの紫苑がうつむいているのは、枯れてしまったからなのでしょう、まるで帰らぬ人の姿のようです。その家を見た「私」は、「赤坊を生んだばかりの女のようだ」と思うのです。出産によって「女」の体から子どもが出ていき胎内が空っぽになるように、大切な存在が「出ていった」空間の喪失感を重ね合わせているのでしょう。人が生まれるのは、この世へ出ていくことであり、亡くなるのは、この世から出ていくことなのだと気づかされます。どこかさびしさがぬぐえないのは、「私」が出ていく側になる日を思わせるからかもしれません。空っぽの家とうつむいた紫苑を見つめる「私」。どこかから来た「私」は、いつか「どこかへ」いく日が来る。そんなことを、ふと思うような詩だと思います。<文・白根直子>
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