ネットラジオ版安心問答(浄土真宗の信心について)
ブログ安心問答(浄土真宗の信心について)の音声版です。浄土真宗の教え、信心、その他についていろいろと話をするpodcastです。
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- Sep 9, 2026
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#065「南無阿弥陀仏をたのむ」には、南無阿弥陀仏と口に出して言うだけでいいのでしょうか?」(頂いた質問) (opens the original)
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今回は「 南無阿弥陀仏をたのむ」には、南無阿弥陀仏と口に出して言うだけでいいのでしょうか? 」(頂いた質問)について話をしました。 --- 安心問答ー浄土真宗の信心について yamamoyama@gmail.com X( @anjinmondou ) 匿名での質問はこちらから マシュマロ
#064「聞其名号」とは、自分が想像し、理想とする南無阿弥陀仏を聞こうとすることではなく、今となえ聞こえてくる南無阿弥陀仏をその通りに聞くということでしょうか。(頂いた質問) (opens the original)
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今回は以下の質問について話をしました。 --- 「聞其名号」とは、自分が想像し、理想とする南無阿弥陀仏を聞こうとすることではなく、今となえ聞こえてくる南無阿弥陀仏をその通りに聞くということでしょうか。(頂いた質問) --- 話の中で出たご文 ○教行信証信文類 しかるに『経』(大経・下)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。(浄土真宗聖典註釈版P251) ○正像末和讃 (38) 如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり(浄土真宗聖典註釈版P606) --- 安心問答ー浄土真宗の信心について yamamoyama@gmail.com X( @anjinmondou ) 匿名での質問はこちらから マシュマロ
#063「仏に成るとは、私が、阿弥陀仏と一体となり、南無阿弥陀仏の名号になることなのでしょうか?」(頂いた質問) (opens the original)
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○質問 -- 「南無阿弥陀仏ひとつで私が極楽浄土に生まれ、仏に成る」ことは、本当は、とてつもない話なんだと想像しますが、私の知恵では、仏に成ることの尊さが実感できません。 仏に成るとは、どういうことかも分かりません。 仏に成るとは、私が、阿弥陀仏と一体となり、南無阿弥陀仏の名号になることなのでしょうか? 阿弥陀仏の悟りの境地(世界)は、真如であるから、色も形もないと聞いたことがあるのですが、 この私が阿弥陀仏に救われたら、弥陀同体の仏さまに成らせていただき、還相回向で、また娑婆世界に戻り、身近な人を救うことができると聞いたことがありますが、 仏願の生起本末を聞いて疑心あることなし、と本願をそのまま疑いなく聞けるようになると、私が浄土往生して仏に成ることだけではなく、仏に成ったら、すぐに、また娑婆世界に戻り、苦しみ迷う衆生を自由自在に救うことができることに対しても(還相回向)、疑いなく聞けるようになるのでしょうか? -- 話のなかで出たご文 ○唯信鈔文意 法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。(浄土真宗聖典註釈版P710) ○教行信証証巻
#062「信心獲得すると、「弥陀の本願まこと」と、阿弥陀仏の本願が、歴史的な事実(真実)であると、疑いなく受け入れることができるのでしょうか?」(頂いた質問) (opens the original)
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○今回は以下の質問について話をしました。 ーーー 第61回目のネットラジオ版安心問答を聞かせていただき、仏願の生起本末を聞いて、その本願に疑いが無くなっても、その本願の内容の詳細までは、人間の知恵では分からずに、ただ、「南無阿弥陀仏ひとつで救われる」「念仏ひとつで浄土往生できて仏に成れる」ということが分かる程度であることが知らされました。 そこで重ねてお尋ねがあります。 歎異抄第二章に、以下の文言がありますが、信心獲得すると、「弥陀の本願まこと」と、阿弥陀仏の本願が、歴史的な事実(真実)であると、疑いなく受け入れることができるのでしょうか? この歎異抄第二章に書いてある内容について、ネットラジオ版安心問答でお話をしていただけると、ありがたいです。 よろしくお願いします。 弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せ、そらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申す旨、またもってむなしかるべからず候か」 (歎異抄二章) ーー ○話のなかで出たご文 「聞」といふは、衆生、仏願
#061 「本願を疑惑するのと、本願の内容の意味が分からないのは、同じなのでしょうか?」(頂いた質問) (opens the original)
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○今回は以下の質問について話をしました。 --- 浄土真宗の信心は、「仏願の生起本末を聞いて疑心あることなし」ですが、 私には、仏願の生起である、「無常」や「罪悪」が分からず、煩悩悪業によって、流転輪廻していることも分からず、また「後生の一大事」と聞いても、驚きも立たずに、何とも思いません。 また、阿弥陀仏が私一人を救うために、五劫思惟の願や、兆載永劫の行をされて、私を救うための手段として「南無阿弥陀仏」が完成されて(仏願の本)、その本願の名号である「南無阿弥陀仏(念仏の信心)ひとつで救われる」(仏願の末)と聞いても、意味が分からないのですが、これらのことは、本願を疑惑していることになるのでしょうか? 私は、本願を疑惑するというよりも、仏願の生起本末の内容の意味が分からないのです。 本願を疑惑するのと、本願の内容の意味が分からないのは、同じなのでしょうか? また、本願疑惑心が無くなると、仏願の生起本末の内容の全てに対して、塵露ほどの疑いも無くなるのでしょうか? --- ○話の中で出した御文 ここをもつて、いま大聖(釈尊)の真説によるに、難化の三機、難治の三病は、大悲の弘誓を憑み、利他の
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