おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト
「在宅医療って、実際どうなの?」その疑問に現場の医師がお答えします。名古屋市天白区の「ごうホームクリニック」は、24時間365日対応の機能強化型の在宅クリニックです。約600名の患者さんの「おうちで過ごしたい」という願いに寄り添い、年間100件超の看取り・緊急往診、人工呼吸器を使う方や医療的ケアが必要なお子さんの在宅サポートなど、地域の在宅医療を支えています。このポッドキャストでは、病院では教わらない在宅医療の実践知をお届けします。・高齢者の「いつもと違う」を見逃さないプロの眼・在宅での急変時、何を見て何を伝えるか・ご家族への説明で大切にしているこ…
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- Sep 27, 2026
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【在宅看取りの実際】誰が担うのか、24時間つながる体制|#308 (opens the original)
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在宅看取り(みとり)を支える仕組みを一言で表すと、「24時間つながること」です。どれほど丁寧な訪問診療や訪問看護を日中に積み上げても、夜間に家族が不安になったときの連絡先と対応手順が曖昧では、望まない救急搬送につながることがあります。24時間対応とは、常に誰かがただちに駆けつけることだけを意味せず、電話で状態を確認し、必要性に応じて訪問、医師への連絡、救急要請を判断できる体制をつくることです。 厚生労働省の人口動態統計によれば、死亡場所としての自宅の割合は近年上昇し、二割弱にまで戻ってきました。二〇〇〇年代に一割台前半まで落ち込んでいたことを考えると、自宅で亡くなる人の割合は増加傾向にあります。その一方で、現場の負担は特定の人に集中しがちです。訪問看護の管理者が事実上ずっと携帯電話を持ち続けている、院長ひとりが年間三百六十五日オンコールを担っている、そうした属人的な体制は珍しくありません。持続しない体制は、いざというときに最も危ういという事実を直視する必要があります。 この資料では、24時間連絡体制を「誰が、どの順番で、何を判断するか」という設計の問題として捉え直します。そのうえで、在
【在宅看取りの実際】救急車を呼ばない、という家族の決断|#307 (opens the original)
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在宅看取り(みとり)の現場で、最後の数時間に家族が直面する最大の分岐点が「救急車を呼ぶか、呼ばないか」です。呼吸が変わり、顔色が変わり、呼びかけへの反応が乏しくなる。その瞬間、それまで「自宅で最期まで」と決めていたはずの家族の手が、受話器に伸びます。これは家族の意思が弱いからではありません。目の前で人が亡くなっていく体験は、ほとんどの人にとって人生で初めての出来事であり、「何もしないでいる」ことに耐えるには、相当の準備と支えが必要だからです。 日本では、人口動態統計において自宅で亡くなる人の割合は長らく一割台にとどまり、二〇二二年は十七・四パーセントでした。一方で、意識調査では「最期を過ごしたい場所」として自宅を挙げる人が多いことが示されています。この希望を支える鍵の一つが、最期の数時間に何が起こるか、誰に連絡するか、救急要請が必要なのはどのような場合かを、本人・家族・チームで共有しておくことです。心肺停止後に救急要請すると、地域の救急運用や状況によっては心肺蘇生(しんぱいそせい)や搬送が始まることがあります。 同時に、私たちが目指すべきは「救急車を呼ばせないこと」ではありません。目指
【在宅看取りの実際】寝たきりでも、尊厳は失われない|#306 (opens the original)
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在宅での看取りが近づくと、多くの方は少しずつ起き上がれなくなり、最期の数週間から数日は臥床(がしょう)、つまりベッドで横になったまま過ごす時間が大半になります。食事量が落ち、会話が減り、傾眠(けいみん)といって、うとうとと眠っている時間が長くなる。訪問するたびに「できなくなったこと」が増えていく時期です。このとき、ご家族から最もよく聞かれる言葉が「もう何もしてあげられない」「見ているだけで申し訳ない」というものです。 けれども在宅医療の現場に立つ私たちは、はっきり言葉にして共有しておく必要があります。動けなくなることと、その人らしさが失われることは、まったく別のことです。歩けなくなっても、食べられなくなっても、返事ができなくなっても、その人が何を大切にして生きてきたか、何を好み、何を誇りにしてきたかは消えません。尊厳ケアとは、その消えていないものに、こちらから手を伸ばし続けるケアのことです。 厚生労働省の人口動態統計では、自宅で亡くなる方の割合は近年上昇し、二〇二二年以降はおおむね十七パーセント前後で推移しています。在宅看取りは特別な選択ではなく、現実的な選択肢として定着しつつあります
【在宅看取りの実際】夜中3時、息が苦しいと電話が鳴る|#305 (opens the original)
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在宅看取りの現場で、もっとも電話が鳴るのは深夜から明け方にかけてです。人は夜になると不安が増し、家族も疲れ、そして終末期の身体そのものが夜間に変化しやすい。呼吸のリズムが変わる、痰がごろごろ鳴り出す、急に起き上がって「帰る」と言い出す。日中なら落ち着いて見ていられることでも、午前3時の暗い寝室では、家族にとって「もうダメかもしれない」という恐怖そのものになります。 ここで大切なのは、深夜のコールの多くが医学的には「予測されていた変化」だということです。死前喘鳴(しぜんぜんめい)も終末期せん妄(せんもう)も、呼吸困難感の増悪(ぞうあく)も、看取りが近づいたときに高い頻度で起こる自然経過の一部です。つまり、事前に説明し、頓用(とんよう)薬を家に置き、電話で何を聞くかを決めておけば、その多くは「救急車を呼ばずに、家で看取る」ことができます。逆に、準備がないまま深夜の電話を受けると、家族は119番を押し、望まない搬送と心肺蘇生が起こります。 この資料では、深夜のコールで実際に何が起きているのかを、終末期せん妄の評価と対応、死前喘鳴への家族説明、在宅での緊急時オピオイドレスキューという三つの柱で
【在宅看取りの実際】点滴1000mlが、最期の苦しみを増やすことがある|#304 (opens the original)
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在宅での看取りの場面で、相談が多いテーマのひとつが「食べられなくなった」「飲めなくなった」です。そしてそこで話題になるのが、点滴をするかどうか、するとしたらどの程度にするか、という問題です。終末期、とくに亡くなる前の数週間では、一日千ミリリットルの輸液が利益をもたらさず、体液貯留による負担を増やす方がいます。一方で、可逆的な脱水症状があり、少量の輸液で楽になる方もいるため、量だけで良し悪しを決めません。 体が最期に向かうとき、腎臓から水を出す力や、血管内に水分を保つ力が低下することがあります。その状態で輸液が身体の処理能力を上回ると、水分が血管外に移動し、手足の浮腫(ふしゅ)、腹水(ふくすい)、胸水(きょうすい)、気道分泌(ぶんぴつ)物の増加につながる場合があります。「元気になってほしい」という善意で始めた点滴でも、状態の変化に合わせて利益と負担を見直す必要があります。 一方で、ご家族の「食べさせたい」「せめて点滴だけでも」という思いは、決して間違いでも無知でもありません。それは最後まで何かしてあげたいという愛情の表現です。在宅医療スタッフに求められるのは、点滴を否定することではなく、
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